本稿の要点:
新規事業の費用計画で最も多い悩みが「このビジネスモデルで必要なコストがわからない」である。勘定科目の一覧を眺めてもコストは出てこない。コストは業務・行動に紐づいて発生するからである。本稿では、バリューチェーンの書き下しからコストを網羅的に抽出し、最後に勘定科目で検算する──生成は業務から、検証は科目からという費用設計の手順を解説する。戦略コストの分類と方程式化については、当サイトの前稿「事業計画におけるコストを設計する場合の重要な考え方とは?」を参照いただきたい。本稿はその手前、「そもそもコストをどう洗い出すか」を扱う。
勘定科目を眺めても、コストは出てこない
既存事業であれば、必要なコストは過去の決算書から抽出できる。だが新しい事業には拠り所がない。このとき多くの実務家が取る行動が、勘定科目の一覧や他社のPLを眺めて「うちにも広告宣伝費が要るだろう」「地代家賃はこれくらいか」と埋めていくやり方である。
この方法には構造的な欠陥がある。コストは勘定科目から発生するのではなく、業務・行動から発生する。広告宣伝費が発生するのは「見込み客を集める」という業務を行うからであり、地代家賃が発生するのは「働く場所・売る場所が要る」からである。業務を特定せずに科目から金額を置いた計画は、金額の根拠を問われた瞬間に崩れる。そして何より、やるべき業務が漏れていれば、そのコストは科目一覧をいくら眺めても現れない。
したがって手順はこうなる。
生成は業務から。検証は科目から。
勘定科目は、コストを生み出す道具ではなく、最後に抜け漏れを検算するためのチェックリストとして使うのである。
第一歩はバリューチェーンの書き下し──「価値の状態遷移」を追う
業務の洗い出しの起点は、対象事業のバリューチェーン、すなわち顧客への価値提供に至る業務の流れである。ここで当社が重視しているのが、価値の「状態遷移」に注目するという書き下し方である。
[未充足ニーズ]→企画→[商品仕様]→仕入・製造→[提供可能な商品]→流通・マーケティング→[認知された商品]→販売→[顧客の手元の価値]→アフターフォロー→[継続する価値]

あわせて2つの補助線を引く。第一に、コーポレート機能はバリューチェーンではなく機能別に整理する。経理・財務、人事、法務、総務、広報、経営企画、情報システム──これらは価値の流れに沿って発生するのではなく、事業全体を支える横串だからである。第二に、規制・許認可対応の確認である。許認可の取得、法規制対応、認証・セキュリティ対応は、ビジネスプロセスにもコーポレート定型機能にも属さない中間領域であり、規制産業ではこれが参入コストの本体となる。この確認を落とした計画は、金額ではなく事業の前提から崩れる。
業務からコストへ──8つの観点で書き下す
バリューチェーンの各プロセスについて、そこで発生する業務を書き下し、コストへ変換していく。当社では次の8観点をマトリクスとして用いている。
- INPUT:前工程以外に投入されるもの → 材料費、仕入、データ購入費、ライセンス料
- 業務(What):具体的にどんな業務が発生するか
- 人(Who):誰が行うか → 人件費、業務委託料
- 場所(Where):オフィスか、店舗か、倉庫か → 地代家賃、水道光熱費
- 方法(How):これにはいくつか存在する
- 設備・環境:生産設備、什器、車両 → 減価償却費、リース料
- ツール:物理的道具とITツール → 消耗品費、通信費、SaaS利用料
- 外部サービス:外部から購入する役務 → 広告宣伝費、物流委託費、専門家報酬
- 管理(Control):その業務の品質をどう担保するか → 管理ツール、管理工数

3点補足したい。
第一に、この5観点は思いつきの列挙ではない。どれを取り除いても業務が成立しない必要条件の集合である──INPUTがなければ変換する対象がなく、人・場所・方法がなければ遂行できない。当サイト「MECEに分けるとは、どういうことか?」で述べた、掛け算型(AND型)の分解になっているのである。
第二に、方法(How)の下位観点のうち設備・ツール・外部サービスは、「自前の設備で行うか、道具を使うか、役務を買うか」という遂行手段の選択肢を表している(4つ目の管理のみ、遂行手段ではなく品質担保の観点である)。広告出稿・物流委託・士業顧問のような「モノでも道具でもない役務の購入」は外部サービスの観点で漏れなく捕捉され、同時に、内製か外注かという方針判断がコスト構造の分岐点として可視化される。
第三に、INPUTには原材料のような有形物だけでなく、データ購入、API利用、コンテンツの権利処理といった無形のINPUTが含まれる。AI活用が前提となった事業では、この無形INPUTが原価の主役になるケースが急速に増えている。
成功ストーリーの外側を見る──逆流観点チェック
ここまでの手順は、事業が順調に流れる「順方向」の書き下しである。だが実際の事業には、順方向の成功ストーリーに乗らないコストが必ず存在する。当社では、さらに精緻に考える場合は、順方向のマトリクス完成後に次の4系統を必ずチェックすることを推奨している。
- 逆流系:価値が顧客から戻る流れはあるか → 返品・返金処理、クレーム対応、廃棄・在庫処分、貸倒
- 立ち上げ系:一度きりの業務・支出はどれか → 初期在庫、市場投入前の開発、初期採用、認証取得
- 失敗系:業務がうまくいかなかったときの追加業務は → 手戻り工数、保証対応、作り直し
- 退出系:人・顧客が離脱したときに発生する業務は → 離職補充の採用費、引き継ぎ工数

順方向だけで作られた費用計画は、構造的に楽観計画となる。逆流観点は、いわば計画に「うまくいかない日」を織り込むための問いのセットである。
検算は勘定科目から──そしてPLに現れない支出に警戒する
業務からのコスト抽出が終わったら、ここで初めて勘定科目の出番となる。抽出した各コストに標準的な勘定科目を割り当てたうえで、標準的なPL科目のチェックリストを上から照合し、全科目を「該当する業務あり」または「本事業では発生しない(理由付き)」のいずれかに落とす。どちらにも落ちない科目が残ったなら、それは業務の書き下しに漏れがあるシグナルであり、バリューチェーンに戻って対応する業務を探索する。生成と検証を別方向から行うことで、抜け漏れの検証を「よく見直す」という目視頼みから解放できる。

最後に、この検算をすり抜ける支出がある。PLに現れないキャッシュアウトである。典型がオフィス移転に伴う敷金と内装工事費で、都内では敷金が賃料の6〜12か月分、内装工事費が坪当たり15〜20万円程度が目安とされる(当社ヒアリングに基づく水準であり、時期・物件により変動する)。100名規模で300坪のオフィスへ移転すれば、賃料以前に億円単位の一時支出が発生しうる計算となる。これらはBS項目であるため利益計画のどこにも現れず、成長投資のために調達した資金を静かに侵食する。費用計画の最終出力には、PL上のコスト構造と並べて、PL外キャッシュアウトの警告リストを必ず添えるべきである。
おわりに──手順化された洗い出しは、AIに委ねられる
本稿の手順──バリューチェーン整理、8観点の書き下し、逆流観点チェック、勘定科目による逆引き検算──は、属人的な経験則ではなく、誰が実行しても同じ網羅性に到達するための形式知である。そして手順として形式知化された方法論は、人が実行できるだけでなく、AIに実行させることができる。当社ではこの費用設計の手順を、収益構造分解理論と接続する形でAIが実行可能な体系(Skill)として整備し、コンサルティング・研修に組み込んでいる。この「方法論の形式知化とAI実装」というテーマ自体は、稿を改めて論じたい。
貴社の費用計画は、業務から導出されているだろうか。それとも、勘定科目の一覧を眺めて埋められてはいないだろうか。
費用設計の手順の全体像は、代表著書『事業計画の極意』を参照いただきたい。ただし、本稿の内容は、本書出版後に大幅にアップデートしている内容でもある。
実装・研修のご相談は当社までお問い合わせいただければ幸いである。
本稿執筆者:木村 義弘|株式会社プロフィナンス 代表取締役CEO
2006年、株式会社インスパイア入社。投資部門にてスタートアップへの投資実行、投資後のバリューアップに従事。スタートアップの海外事業立ち上げを経て、2011年デロイトトーマツコンサルティングに入社。デロイトとして、ミャンマー事務所創設に従事し、現地では日系企業・現地政府の産業政策立案支援に携わった。2015年メディア系企業の経営企画部メンバーとして国内外のM&Aを主導し、国内及びシンガポール子会社CFOとしてPMI・管理体制構築を推進した。2018年株式会社プロフィナンスを創業。変化に強く、企業成長を加速させる動的経営プロダクト「Vividir(ビビディア)」を開発、提供。グロービス経営大学院 特任准教授としてファイナンス科目の講義も担当する他、スタートアップアクセラレーションプログラムのメンターとしても活動。
著書:「事業計画の極意:仮説と検証で描く成長ストーリー」(中央経済社、2024年12月)東京大学大学院工学系研究科修了。
