TAM・SAM・SOMは、実際どう推算すればよいのか?

「財布の総額」から戦略的選択まで──市場規模の設計手順

· INSIGHT,事業構想

本稿の要点:

ピッチ資料や新規事業の稟議に登場するTAM・SAM・SOMは、多くの場合「大きく見せるための飾り」に堕している。市場規模は、周辺市場を恣意的に並べて足すものではなく、TAM=価値×財布の総額、SAM=価値×手段×財布、SOM=SAM×戦略的選択という変数の追加によって設計するものである。この定義に立てば、SOM⊆SAM⊆TAMという包含関係は検算するまでもなく構造から保証される。そして最後のSOMだけは、データからは導出できない──それは分析ではなく、経営の意思決定だからである。本稿では、この順序で市場規模の推算手順を解説する。

「TAM1兆円」は、それだけでは何も語っていない

投資家への説明や社内の新規事業稟議で、市場規模の3点セット(TAM・SAM・SOM)はほぼ必須の様式となった。だが実際の資料で目にするのは、関連しそうな市場統計をいくつか並べて合算した「1兆円」であり、その内側になぜその範囲なのか、どんな論理でSAMに絞られるのかが語られていないケースが大半である

まず最初にTAM・SAM・SOMについてその関係性を図で表しておこう。

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以降、一つひとつ説明をしていきたい。

実はTAM、SAM、SOM、それぞれの推論の方法には構造的な問題がある。周辺市場のリストを足し上げる方式では、TAMとSAMがそれぞれ別々のリストとして作られるため、両者の包含関係(SAM⊆TAM)が定義上どこにも保証されていない。リストに1つ市場を足せばTAMは膨らみ、外せば縮む。恣意性に歯止めがなく、検証も反論もできない数字になる。市場規模とは、大きさを誇示する数字ではなく、事業の対象範囲を定義する論理である。必要なのはリストではなく、範囲を定める変数の設計だ。

TAMとは「満足させたい価値に対する、財布の総額」である

当社では、TAMを次のように定義している。

TAM = 事業が満足させたい価値 × その価値に顧客が支払っている財布の総額
(ただし手段は問わない)

動画配信サービスを例にとろう。満足させたい価値を「余暇・空き時間を楽しむ」と置けば、TAMは動画配信だけでなく、カラオケ、映画館、レジャー、ゲームまで──余暇を楽しむために支払われている財布の総額となる。統計上は、家計調査の教養娯楽支出がこれに対応する。

ここで重要なのが、価値の抽象化に上限を設ける「財布アンカー原則」である。

価値の抽象化は、顧客が支出カテゴリとして認識している粒度までに制限する。

「余暇を楽しむ」は家計調査に対応する費目が存在するため有効だが、「退屈からの解放」まで抽象化すると、対応する支出データがどこにも存在しない。支出データの実在が、抽象化の天井となる。この原則により、TAMを大きく見せたいという誘惑に、統計の側から自然な歯止めがかかる。なお、B2Bであれば財布は顧客企業の予算枠(DX予算、販促予算、研修予算等)と読み替える。計測は支出側の統計(需要側)を第一候補とし、市場規模レポートの積み上げ(供給側)は、重複計上のリスクを明記した上での代理指標とする。

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SAMは「手段」という変数を一段加えたものである

SAMはTAMと別のリストではない。TAMに手段という変数を一つだけ追加したものである。

SAM = 価値 × 手段 × 財布(同じ価値の財布のうち、特定の手段に流れる部分)

先の例なら、価値「余暇を楽しむ」に手段「動画視聴によって」を加えた範囲がSAMとなる。定義が同じ親(価値×財布)を共有し、変数の追加だけで分岐するため、SAM⊆TAMは検算するまでもなく構造的に成立する

周辺市場リスト方式で起きがちな「SAMがTAMからはみ出す」事故は、原理的に起こらない。

実務上の急所は、手段の「切る位置」である。手段は顧客側のジョブ遂行方法(動画を観る)で定義する。ストリーミング配信という自社の提供形態や、月額課金というビジネスモデルまで手段に混入させてはならない。それらは後述するSOM──自社がどこを獲りにいくかの領分であり、SAMの定義に混ぜた瞬間、市場の大きさと自社の戦略が癒着した検証不能な数字に戻ってしまう。

SAMは2方面から推算し、突合する

範囲が定義できたら、金額の推算に入る。当社では必ず、独立した2方面から推算する。

  • 方面A(主軸):セグメント別の積み上げ。SAM=Σ(セグメント別)顧客数×年間支払額(単価×年間購入回数)。全顧客一律の平均値で掛け算するのではなく、市場セグメンテーションを行った上でセグメント別に積み上げる
  • 方面B(検証軸):統計からのトップダウン。「価値×手段」の範囲に対応する市場統計(調査会社レポート等)が存在すれば、独立した推算値として取得する
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両者が得られたら必ず突合する。乖離が±30%以内なら概ね整合とみなしてレンジで提示し、±30%を超えたら、セグメントの顧客数、支払額の設定、統計の定義範囲のズレのどこに要因があるかを特定してから採用値を決める。独立に作った2つの数字がぶつかって初めて、市場規模は「検証された数字」になる。方面Bの統計が存在しない領域では方面Aのみとなるが、その場合は検証が単軸である旨を明記しておくか、推論方法を何かしらのかたちで提示しておくことが望ましい。

なお、スタートアップの資金調達文脈では、SAMはおおむね1,000億円以上が一つの目安とされることが多い。届かない場合の拡張レバーは、顧客セグメント(財布の数)・提供価値(財布の種類)・マネタイズポイント(課金点)の3変数に整理できるが、詳細は稿を改めたい。


SOMは推算できない──それは意思決定である

最後のSOMについて、最も重要なことを述べる。TAMとSAMは推論できるが、SOMは戦略に従う、ということだ。

SOM = SAM × 戦略的選択(どのセグメントを獲りにいくと決めたか)

SOMはSAMのうち自社プロダクトが対象とする市場だが、「どこなら勝てるか」「どこには行かないか」という問いへの答えは、データの中には存在しない。自社プロダクトの強みの適合、バーニングニーズの所在、最初の顧客の顔が浮かぶかどうか、創業の原体験に根ざしたこだわり──そうした言語化されていない判断基準を言語化し、セグメント別SAMに重ねて選び取るのがSOM特定の実体である。だからSOMの説明には、選んだ市場の金額だけでなく、意図的に「行かない」と決めた市場とその理由が伴っていなければならない。戦略とは、捨てる決断の記録でもあるからだ。

一点、誠実さのための注記をしたい。本稿のTAMは価値ベースの定義であり、「当該プロダクトカテゴリの総需要」とする世間の狭い定義より大きな値が出る。資料には必ず定義を明記すべきである。定義なき大きな数字は「盛っている」と受け取られ、せっかくの論理が信頼を失う入口になる。

おわりに──AIはSAMまでしか出せない

生成AIの進化により、統計の探索とTAM・SAMの推算そのものは、AIが短時間で実行できる作業になりつつある。実際、当社ではこの推算手順を市場セグメンテーションと連動する形式知(Claude Skill)として整備し、AIによる推算と人による検証という分業で運用している。

だがこの分業がどれほど進んでも、プロダクト戦略に関する詳細をAIに伝達した上でないかぎり、SOMだけはAIの出力に現れない。それはデータの関数ではなく、経営者・事業責任者・プロダクトオーナーの意思の関数だからである。

一時期、AIへのおすすめプロンプトと評して、「TAM・SAM・SOMを推算して」というプロンプトを提示されている方もいたが、上記理由の通り、このプロンプトは「有りえない」。前提として、あなたのプロダクト戦略の詳細を伝えていることが必要となる。しかしながら、戦略が明確ならば、このようなプロンプトでAIに市場規模推算を依頼することはないだろう。

市場規模の3点セットのうち、最後の1つに何を書くか──そこにこそ、その事業計画の作者が誰なのかが表れる。

貴社の資料のSOMは、選び取られた市場だろうか。

それとも、SAMに希望的なシェアを掛けただけの数字だろうか。


市場規模設計から売上計画(KPIツリー)への接続は、当サイト「事業計画・収支計画の解像度を高めるには?」および代表著書『事業計画の極意』を参照いただきたい。

実装・研修のご相談は当社までお問い合わせいただければ幸いである。